ここではないどこかから

ここどこ。フランス田舎町暮らしの中で想うこと、育児・食べること日常のこと、もっとほんわりした括りの雑感を綴りたい。

ひな祭りはもういいかな

先日、実家の母から「迷惑かと思ったけど、2、3日中にEMS便が届きます。もし壊れていたら捨てちゃってください。」というメッセージが届いた。普段から母は日本食材などを気をつかわないようにと思っているのか突然送ってくれるのだが、私としては高い送料を払って送ってくれるんだったら、「あれも入れてほしかったなぁ」「リクエスト聞いてくれよー」と思ってしまう。母は日本人的な、物を言わせず察するみたいなことを美徳としているし、私に「何が欲しい?」と聞くことさえ、私が気をつかうと思って遠慮し、よかれと思ったチョイスでいろいろな物を送ってくれる。

今回、母がよかれと思って送ってきたものは「ひな人形」だった。私が子どもの頃に家にあったもので、多分母方の祖父母が買ってくれたものだと思う。子ども心に、7段くらいある人形を飾ってもらって嬉しかった記憶はある。いろんな細かい小物や人形の表情を見てすごいなぁと感じたことも憶えている。そして日本に住んでいた頃、娘のために上の2人だけを引き取って、飾ってあげていたものだった。手狭なマンションに引っ越した時に、収納するスペースがないからとまた実家に送り返し、娘が7歳くらいからはずっと飾ることもなかった。

その上の2人がまた仲良く揃って送られてきた。今も決して大きな家に住んでいるわけではなく、金屏風や人形を乗せる台を含めると結構なスペースを取ってしまう二人の居場所はもはやなかった。娘は少し嬉しそうにしていたし、母の気持ちもわからないでもなかったので、娘の部屋に飾ってあげることにした。人形の前で写真を撮って、母に送り、それで役目が果たせたなあと感じた。その写真を見た母が「5月にはJくんの分を送ってあげるからね」と息子に五月人形を送りかねない様子だったので、すかさず「収納スペースがないから送らなくていいからね」と釘を刺しておいた。

その日から娘は夜になると自分の部屋に入りたがらなくなった。なかなかベッドに行こうとしない。理由を聞くとひな人形があると怖くて眠れないという。まあぬいぐるみのようなかわいさはないけど、怖がるものでもないじゃないかと説得するも、どうしてもいやだというので、3月3日を待たずして段ボールにしまうことになってしまった。

伝統は重い。生活スタイルや住居環境、ジェンダーに対する考え方や役割が変わっても居残ろうとする。伝統や古くからの文化は守って伝えていかなければいけないと教わってきたけれど、どうしたものかと思う。桃の節句ではおしとやかで気立ての良い女の子が育つように願い、端午の節句ではたくましく勇ましい男子の成長を願う。夫はセクシズムを刷り込むなという。立派な人形を飾ることは家のステイタスでもあっただろう。今でいうクリスマスツリーや外に飾るイルミネーションみたいなものだっただろうし、孫へと祖父母からお祝いとして贈られる見栄もプラスされたアイテムだったと思う。そんな伝統というか儀式とかはどの国の文化にもあるんだろうが、若い世代は上の世代の重い想いを上手くかわしみんながWin-Winとなる折衷案を創り出していくのがいいのではないかと思っている。

そういえば結婚式の時、義母がなぜ教会でやらないのか、招待客はどうするのかとひどく心配していた。入籍さえすればよかった私たちはパーティーをすべて義母に丸投げしたところ、義母は自分たちの友人よりも多くの知り合いを呼んでいろいろ頑張ってくれた。今思えば、あれは完全に義母のためのパーティーだったし、喜んでくれてよかったと思っている。

私が子どものとき、そして娘がもう少し小さかったとき、目をキラキラさせておひな様を眺めていたあの経験があるから、我が家のひな祭りはもういいかなと思った。