ここではないどこかから

ここどこ。フランス田舎町暮らしの中で想うこと、育児・食べること日常のこと、もっとほんわりした括りの雑感を綴りたい。

クリスマスの嫁業務からのパリ上京のことなど

こちらに移住してきてから、夫の家族と過ごす2回目のクリスマス。結婚前も何度か、また日本に住んでいた時もバカンスでクリスマスには来たことがあるものの、この家族行事に臨むにはちょっとした気合が必要だ。義母はとても気さくな性質だし、普段から嫁姑関係のストレスはないものの、夫の姉家族も加わるとなんとなく一気にアウェイな環境になる。まず、嫁ということが一つと加えて外国人の嫁であるということだ。

結婚してすでに10年以上過ぎ、当初に比べて不要な心配もストレスもさほど感じないのではあるが、でもやはり気合いを入れて向かったのだった。

去年から最年長の甥っ子(17歳)が会の途中から抜けてサンタクロースに変装してみんなにプレゼントを配るというのが恒例となった。変装サンタクロースに驚くのは3歳のうちの息子だけで、他の子供たちは十分大きくなってしまった。恒例といえば、食べ物の好き嫌いの激しい義姉の子供たちは、高級な食材もちょぴっと手を付けてお皿のはしっこに。いつもそれをイライラして見ている夫。子供たちへのプレゼントに音が鳴るプレゼントなんかがあると、子供たちが喜んで遊んでいる横でイライラする大人たち・・。スマホを片時も話さず、別の部屋に早々に移動して遊び始めるティーンエイジャーの姪っ子と娘。みんなの話が盛り上がっても、ひとりぽつんと押し黙っている義父。なんでも自分が中心でないと機嫌が悪くなる義姉。何の責任もないのだけど、このカオスな感じが無事に終わりますようにと冷や冷やとしている私。

そんな1年の最大の嫁業務を完了して、今回はパリへ上京した。7年ほど住んでいたパリを離れたのは10年前。息子と夫と3人で、パリ郊外の友人宅へ滞在させてもらった。

田舎暮らしで電車に乗ることもないので、地下鉄を乗り継いで街へ繰り出すところからすでにパリ!とワクワクしていたのだが。やっぱり臭くて不潔なメトロ。ホームレスの人たちも沢山いて、忘れかけていた花の都じゃないパリが一気に蘇ってきた。長いこと住んでいたのに、10年経った私の頭の中には「パリは花の都という幻想」が再び刷り込まれていたらしい。

メトロの座席で隣に居合わせた移民の(言葉がなまっていたので)おじさんが、懐からおもむろに風船を取り出し、膨らませ、息子にくれたり。車内のアコーディオン弾きのおじさんが子供のためにジングルベルを演奏してくれたり。子どもを持つ前は知らなかった違う町の顔を見ることもできた。

夫と交代で、一人フリータイムを設けて、ぶらぶらする時間をもらった。私が真っ先に向かった先はオペラ界隈の日本食品店と日本書店。そして折り紙や和紙などの専門店。在パリの旧友とラーメン屋さんで食事。結局、日本への疑似帰省みたいな感じになってしまった。

あんなことこんなことあったでしょう・・と、パリでの思い出をぽつりぽつりと思い浮かべながら、一人歩くパリはやっぱり良かった。日本で「ここではないどこか」に憧れていた私が味わった街。日本人が想い描くパリとは全く違って、かなりの衝撃は受けたけれど・・。

フランスやパリへの幻想というのは、万国共通なんだろうか。日本書店に立ち寄ったときに、「フランス人は10着しか・・」の類の本が腐るほど並んでいた。作者はアメリカ人やカナダ人、または日本在住のフランス人もいた。中には「フランスの子どもは夜泣きをしない」とか「フランスの子どもは好き嫌いをしない」なんてとんでもないタイトルの本もあってげんなりした。そんな都市伝説みたいな内容の本を日本にいる日本人ならまだしも、在仏の日本人が手にするんだろうか。

私だったら「フランス人は服をなかなか捨てない」「フランスの子どもだって夜泣きするにきまってる」「私が知っているフランスの子どもはだいたい偏食」ていう本を書くのに。

私が10代でパリに抱いていたイメージはこんな感じだったなあ。

ベレー帽にボーダーのかわいい男子なんていやしない。


YOUNG, ALIVE, IN LOVE - 恋とマシンガン -(M.V.) / FLIPPER'S GUITAR