ここではないどこかから

ここどこ。フランス田舎町暮らしの中で想うこと、育児・食べること日常のこと、もっとほんわりした括りの雑感を綴りたい。

ついにスリップ事故

雪国暮らし2年生を頑張るつもりでいたのだが、昨日ついにやってしまった。車のスリップ事故。私の銀行口座は以前パリで暮らしていた時から持っているもので、ここの田舎に支店がない。そこで銀行の用事は山を越えて30キロほど先の町へ出ていかなければならない。昨日の午後からずっと雪の天気予報だったため、峠越えをするなら今日しかないなと思い、学校が休みの子供たちとのショッピングを兼ねて出かけていった。

住まいの近くではまったく路面に雪はなかったのだけれど、山道を進むうちに路面がシャーベット状になっているところがでてきて、かなり慎重に運転をしていた。隣町について用事を済ませ、子供たちとお寿司を食べて、服を買ったりしてとても楽しい気分で帰路についたときその事故は起きてしまった。

子どもたちは満腹で二人とも眠っていた。私は難所の峠道をなんとか上りきって後はもう大丈夫という気持ちでまっすぐな道を走っていた。後ろから2台ほどついてきていたので、本当はもう少しゆっくり走りたかったけれど、60キロから70キロくらい出ていたと思う。昨日調べた限りだと、アイスバーンはまっすぐな郊外の道で起こりやすいという。まさにそのケースだった。

まっすぐな道のなるべく轍の上を走っていたら、急に車が横滑りした。あとはもうわけが分からずハンドル操作も効かないまま対向車線にはみ出て1周して側溝にぶつかって停まった。後ろから来ていた車はそのまま通り過ぎていったと思う。車は後輪が側溝にはまり、前部分のカバーが外れていた。ライト関係は無傷だった。寝ていた息子はびっくりして泣き喚き、娘は動転していた。とりあえず子供たちの無事を確認して車を出ると通り過ぎる車に手を挙げて助けを求めた。後ろから押してもらえばまた走り出せると思っていたのだと思う。たまたまいつもうちに郵便小包を届けてくれる郵便局の女性が通りかかった車から降りてきた。彼女が保険屋に電話をかけて、レッカーしてもらいなさい。という。分かったといいながら、まず夫に電話をかけてみたが、昼休み中で出ない。仕方なく車に備えてあった保険会社に電話をかけるとスムーズにレッカー出動の番号をくれて、そのやり取りも、ものの5分で終わった。その間も、たくさんの人が心配して様子を見に来てくれた。

ある女性が「レッカー車が来るまで一緒に居てあげましょうか?」と言ってくれたとき、それまで堰き止めていた気持ちが決壊して、涙がこぼれてきた。

ああ、子供たちを事故に巻き込んでしまった。もっとゆっくり走ればよかった。そもそも銀行なんか行かなきゃよかった。一人で来ればよかったと自責の念が沸き出てきては止まなかった。その見ず知らずの女性は大丈夫よ。と困ったような顔をして、私の肩をさすってくれた。

「もう大丈夫です。レッカーを待ちますから。ありがとう。」と涙をぬぐい気を取り直して傾いた車の中で子供たちと落ち着いて待つことにした。レッカーが来るまでおそらく20分くらいだったかと思う。1分置きくらいに通りすぎる人たちが車を停め、大丈夫かと声をかけてくれた。子供たちだけでも家で預かろうかとおじさんが申し出てくれたりした。優しい言葉をかけられる度にまた泣きべそをかいては、気を持ち直してを繰り返していた。その後、レッカー車のトラックに子どもたちは喜々として乗り込み、修理業者まで駆けつけてくれた夫と一緒に帰路についた。

夫には何度も何度も君のせいじゃない。どうしようもなかったと慰めてもらったけれど、一日経った今も、情けなさと有難さで揺さぶられている感情をやり過ごすしかない。今朝も家を出たら毎朝挨拶を交わす女性が居たので、昨日の顛末を話したら、みんな経験することだから大丈夫よと慰めてくれた。まだまだ冬は始まったばかりなのに。今は弱音を吐くことが立ち直りの一歩らしい。