ここではないどこかから

ここどこ。フランス田舎町暮らしの中で想うこと、育児・食べること日常のこと、もっとほんわりした括りの雑感を綴りたい。

廃校アート体験 ~その1~

先日終わった秋休みの間、近所にコンテンポラリーアートの展示があると聞いて訪れてみた。この場所は、かつて名門のインターナショナル中高一貫校があった場所で、今は中国人のアーティストに買われ公園として地域に開かれている、らしい。この高校は、かつて全国また海外から生徒が集まっていて、この村に活気を与えていたという。ジェーン・バーキンの娘、ケイト・バリーもここの出身だったとか。しかし、この学校で数年前に女子生徒が男子生徒により殺害されるという痛ましい悲劇が起き、世界中で大きく報道されたそうだ。(かくいう私は知らなかったのだけれど)それが原因というわけではないらしいが、経営難となり、この学校は廃校となってしまった。

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窓から校舎を覗くとまだ机や椅子がそのまま。理科室だった場所なのか、骸骨が見えていかにも何か出そうな雰囲気を醸し出していた。

ところで、この町を歩いていると時々こんな質問をされる。「こんにちは。あなたは○○(学校の名前)に住んでいるのね。」と。「いえ、違います・・」と毎回答えながら、なぜみんなが揃いも揃ってそんな質問をするのか不思議でならなかった。この村ではほとんどいないアジア人の私。どうやら、住民たちは私をその廃校を買い取った中国人だと思っていたようなのだ。友人にその中国人のことを聞くと、彼はコンテンポラリーアーティストで、この村には住んでおらず、中国とここを行き来しているらしい。そして村人たちは、顔が見えず、存在すらおぼろげなその富豪の中国人アーティストを幽霊みたいだと囁いているらしい。ということで、私はその幽霊大富豪中国人として見られていたということが、やっと最近判明したのである。

前置きが長くなったが、そんな曰付きな廃校でどんな展示をしているのかというと、ある女性アーティストが昨年からその場所に住み込み、空き教室に所狭しといろいろな物を並べていた。いろいろな物とは大体が骨董屋にあるような古い家庭にあった台所道具やら自転車、アンティークな洋服など。かつてどこにでもありふれていた物なのに、今の時間の中では異質な物たち。そんな意味で展示を通じて時間と場所を超えてトリップしたようなそんな体験だった。

そして、ここのメインの展示物は、燃やされたピアノ。これは、もともとピアノ店から中古のピアノを引き取ろうとしたところ、その店が火事になり、引き取る予定だったピアノが全部燃えてしまったのだという。そこで、黒こげのピアノを引き取って展示することになったらしい。

夏から開催されているこの展示も、ほとんど宣伝はされておらず、しかも入場料は無料。どこからも助成は受けていないという。そしてこのアートスペースは単なる展示だけでなく、毎週末イベントが開催され、毎日のように通い彼女のアートワークを手伝う人たちで賑わっている。ほとんどこれといって目新しいことのないこの辺鄙な場所に、突然現れた異質な空間。変わり映えのしない日々の暮らしの中でそんな場所が現れたら集いたくなる気持ちがなんとなく分かる。そんなコミュニティの構築もここでのアートワークの一つなのかもしれない。

と、まずは意外に近くにあった廃校アートスペース「ここではないどこか」との遭遇について書いてみた。ここでのアート体験は次のブログに続く。

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燃やされたピアノ

      

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所狭しと並べられた骨とう品の一部