ここではないどこかから

ここどこ。フランス田舎町暮らしの中で想うこと、育児・食べること日常のこと、もっとほんわりした括りの雑感を綴りたい。

ワークショップで日本語通訳

ある日、息子がお世話になっている保育園の先生から、「今度日本人のクリエーターが来るのだけど、通訳をお願いできない?」と 聞かれた。日本人?クリエーター?がなぜ保育園の先生に?とその時は全く話が見えなかったのだが、よくよく聞くとこういうことだった。

その日本人の方とは、駒形克己さんという方で、こちらの地方に来る機会があり、図書館勤務の方々や保育園の先生など子どもに関わる専門職向けにワークショップを開催するのだという。

この田舎町でまず日本人の方と知り合う機会はほぼないし、子どもを持つ母親としてワークショップにも興味があったので、二つ返事でOKしてしまった。

ワークショップ当日、彼は奥様と一緒に来られていた。私が日本人であることを申し出ると「ここはどこなんですかね?」と言われたので、笑ってしまった。彼が提携する出版社の方の住まいがこの近く(といっても車で数十分)にあることで、今回のワークショップが実現したようなのだが、ほとんど知られていない地名に、ここはどこ?となったようだ。

ワークショップには2~30名程集まった。持ち物ははさみとのり。各自が好きな色画用紙を選び、好きな形に切り抜く。その形をほかの人と交換し、各自受け取った形をもとに、好きな貼り絵を製作する。私自身も通訳をしながら、促されて参加させてもらう。ルールは、相手にどんな形にするか要求しないこと、また、相手から受け取った形に文句を言わないこと。相手から受け取った形を活かしていかに素敵な絵にするか、ということにワークの目的があるとすぐに理解できた。

例えば、私がピンクの紙で切り抜かれたこんな形を受け取ったとする。

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この形からイメージを膨らませて、こんな貼り絵ができる。

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参加者はみんなワクワクとした表情でかなり集中して作業されていた。シンプルながらも、大人がこんな風に夢中になれる作業なら、子供たちはきっともっと楽しく取り組めるのだろう。

写真の作品は、うちに帰ってから娘(10歳)と一緒にやってみた作品なのだが、作る過程はなるべく見せずに、見開きにした台紙をこんな風になりました!と発表すると、わーっと誰もから感嘆が漏れる。自分が託した形が、こんな素敵な絵になるなんて!と作ってくれた相手の発想の豊かさにも気づくし、感謝の気持ちも生まれる。製作者が子供だったら、褒められる肯定感も感じられる。本当にシンプルなのに、驚きと喜びと相手とのつながりを感じることができる。そしてワークショップが終わる頃には相手に親近感も生まれる。

このワークショップなぜ図書館のスタッフ向けにされるのかという話があった。

フランスでは図書館内でよく子供向けのワークショップが開催される。それは本を読むきっかけを作るためなのだが、本が嫌いな子どもでもこうしたワークショップを目的に図書館に入ることで、周りに置いてある本に目が行くようになるという。私も子どもが楽しく安心して過ごせる場所に本があるというのは大切なことだと思う。また、スマホタブレット機器やゲームなど、子どもたちの遊びがデジタル化されている中、簡単にリセットできない手作業の経験が重要だと話されていた。そもそも人生は簡単にリセットできないのだからと。

安直に引き受けてしまった通訳の話も、だんだんと哲学的な話に発展し・・最後は冷や汗をかきかき、聴衆の皆様にボキャブラリーの助け舟を出してもらいながら、なんとか彼とこの地域の皆さんとつなぐことができた。

通訳はまったくのボランティアで引き受けるつもりだったのだが、主催者の方から本をプレゼントしていただいた。とてもシンプルながらも美しい本。息子(3歳)に読み聞かせていたら、出産のことを思い出して図らずも最後は涙してしまう。ポップアップのような仕掛けのある本なのだが、テキストでもイラストでもない、色やイメージが心に突き刺さる。

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「ぼく、うまれるよ!」 I'm gonna be born Katsumi Komagata / ONE STROKE

このワークショップは、最近いろいろ難しくなり始めた娘と時々やってみることにする。テレビのない我が家も、DVDやPCを付けてしまうことは簡単なのだけれど、一緒に手を動かして出来上がりのワクワク感や喜びを共有することの大切さを改めて感じた。ついつい面倒くさくなって、一人遊びをさせてしまうのだけど、一緒に何かできる時なんてあと何年もないのだから。