ここではないどこかから

フランスの田舎町での暮らしの中で想うこと、育児など日常の暮らしのこと、もっとほんわりした括りで書きたいことなどを綴りたい。

ただいま

3週間半の一時帰国を終え、フランスへ戻った。羽田行きのバス停で見送りに来た母と別れた。バスが発車した時、10歳になったばかりの娘は静かに涙を流していた。もらい泣きした私の顔を見て泣き顔の娘が吹き出して笑った。ママの泣き顔がブサイクとのこと。これからもこんな別れを重ねていくんだねと笑顔で話し合った。

深夜便は素晴らしく子供達がよく眠り、体調も良くCDGに着くと、TGVに乗り換え一路リヨンへ。夫の実家で週末まで滞在させてもらい、週末に夫が迎えに来る段取りだった。

夫の実家がある場所は、初めて行った時、ここはビバリーヒルズか?という印象の豪邸が立ち並ぶ地区で、庭にプールがスタンダードらしい。子供達はプール三昧の日々を満喫しパパとの再会を待ちわびていた。

夫と義父の間には長年の確執があり、いつも夫の実家に行くたびに、私は二人の間に流れる冷たい空気を感じては、夫が受けるダメージを想って気が重かった。夫のいないプール三昧の日々は、そういった気を使わない分、楽しく過ごせた。

夫が到着しその日は夫も泊まることになった。夕食前、夫は子供達にプールへ入ろうと声をかけた。しかし、プールで待てど暮らせど夫は戻らない。すると、義母が、義父と夫が話しているからちょっと待ってね、と言いにきた。しばらくして、出て来た夫の目は薄っすらと潤んでいて、続いて出て来た義父は晴れやかな笑みを浮かべていた。それから、予定外に2泊も滞在することになり、義姉家族も合流し笑いの絶えない週末を過ごした。これまで、フランスに戻ったのに、夫の実家との距離が縮まないことを思い悩んでいたことが嘘のようだった。

帰りの車中で娘と、パパとおじいちゃんの間に何があったんだろうね。と、日本語で話し合った。日本語が少しわかる夫は、その会話を聞き、今度教えてあげるよ。と嬉しそうにしていた。

 

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また暫く離れる日本の家族へ想うこと

明日にはまたフランスへ戻る。実家に3週間以上も子供たちと世話になり、自分で作る以外の食事をありがたくいただき、時々子供たちをみてもらって外出したり、本当にのんびり過ごさせてもらった。(ちなみに夫はフランスに残って仕事。)親は有難いと心から想う、反面、いつも心の何処かで畏れていたのは、3週間もいてはいつか親と揉めごとが起こるのではないかという事だった。2日ほど前に、父と一触即発が一度だけあったが、概ね良好な感じで旅立てそうだ。

やはり在仏の友人と会ったら、夏の帰省は実家に長期滞在は避けて旅行をしたり民泊を利用したりして、上手く距離を取っているらしい。確かに1カ月近い帰省なんて海外在住でなければあまりないシチュエーションだ。

もともと、自分の生まれ育った家族にコンプレックスを感じて生きてきたところがあり、昔も今もこれからも、家族に悩まされながら生きていくのだと思う。昔から、悩まされすぎてきて、何とかしようとしてもできなかった経緯があるので、基本的には私の問題ではないと突き離して、というか片隅の方へ追いやっている。

久しぶりに会った親友となんて事ない会話を楽しんでいたら、何となく話題が家族のことになった。淡々と話していたのに、涙が溢れてきて、思いがけずカフェで泣きそうになった。片隅に追いやったままだった現状を改めて手に取って見てしまったからだと思う。泣きそうになって、親友にごめんごめんと笑顔を作り、またそれを片隅に追いやった。

 

実家にいる間、子供たちも両親も21時には就寝し、残された一人時間は、amazonプライムビデオで海外ドラマを観て過ごしていた。トランスパレントとという、amazonオリジナルのドラマらしいのだが、なかなか見応えがあってハマってしまいシーズン3まで身終えたところだ。

トランスジェンダーであることをカミングアウトした父を中心に家族の秘密が次々と明るみに出て、それぞれが性を巡って自身を探求し始める。家族だから、迷走してても、普通じゃなくても、無茶苦茶でも、有りの侭を受け入れて愛する。そんなことは、私には無理だ。が、暫く離れる親や兄弟に対して、何もしてあげられないし、離れてむしろ気が楽な部分もあったりするけど、何かあれば私もいますよ。くらいの気持ちでいる。もちろん、アメリカ人みたいに伝えたりもしないけど。

トランスペアレント(字幕版) 全3シーズン 2015

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日本育ちの娘が感じた逆カルチャーショック

一時帰国もいよいよ終盤。来週にはフランスへ帰る。次回はいつ帰るの?と聞かれ、来年の夏は帰る気がしないので、2年後かな?と適当に答えているが、特に計画があるわけではない。

今回の帰省の主な目的は、小4の娘の体験入学だったが、娘は学校生活よりも毎日近所の公園やプールで旧友たちと過ごすことが何より楽しい様子。暫く会えなくなると分かっているから、毎日1分1秒を惜しんで友達と遊び歩いている。

小4になると、放課後の学童保育がなくなり、習い事や塾でスケジュールがいっぱいの友達が増えていて、娘は軽くカルチャーショックを受けていた。特に中学受験をすることに決めた友達が、夏休みの間も毎日勉強すると聞いて目を白黒させて驚いていた。

 

いや、ママも中学受験をしたから、小四の時から毎日塾に通っていたよ。とても厳しい塾で、竹刀持った先生が怒鳴りちらしていて、今なら全員逮捕くらいのやばい塾だったわ。でも、もしも私達がフランスに行かないで日本に住み続けていたとしても、あなたに毎日塾に行かせたり、受験勉強をさせようとは思っていなかったよ。ママ自身、そんな厳しい受験戦争に巻き込まれて、あんまり良いこともなかったし。第一フランス人のパパには理解できないでしょう。毎日学校にも行っているのに、更に塾に行くなんて。だから、あなたがこのタイミングで日本の教育システムから抜け出せて、ママはほっとしてるよ。

 

日本で、子供を産めない大きな理由の一つは大学までの学費だと思う。マイホームのローンを払い続けながら、3人も4人も大学の学費を払い、長い老後の資金を貯めることなどできない。フランスは全て公立なら、大学だって学費は殆どかからないし、学生の下宿代の補助金が出るし、なんとかなる気がする。(これは外国からの留学生でも受給できる。)

冗談で、ママ友に言ったことがある。日本の私大に行かせるなら、フランスで公立大学行かせたほうが、費用かからないんじゃない?と。それを聞いた彼女は半分真剣に検討してみると言っていたっけ。

次に帰国したら、ますます逆カルチャーショックを感じてしまうだろう娘には、やはり日本社会の不思議なシステムをアップデートしてやらないといけないと思った。

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外国人として働くこと

依然、日本へ一時帰国中、滞在をエンジョイしている。

日本帰国で何かと散財してしまい、日本の銀行口座を整理しようと各口座を確認していたら、思っていた以上に残高が寂しくなっている。それが発覚してから、何となく金欠で落ち着かないソワソワした感覚に見舞われ始めた。

夫とは結婚以来財布は別で、だいたい半々でやり繰りして来た。移住してからも、真剣に仕事を探していたわけではないのだが、やはり夫婦共働きが普通の姿と思っている。

しかし、移住先の田舎町はまず職がなく、外国人である私には更に選択肢が狭まる。日常生活には支障がない程度に会話ができても、読み書きはそこまでの自信がないし。

一度だけ、これだ!と思う求人広告を見て、面接の機会を得た。はるばる40km先の会場まで、峠を越えて行ったのに、マネージャー職には経験不足と面接中に言われ撃沈した。

以来、ますます求職のモチベーションが下がってしまったけれど、やはり働けるのに働かないのは不健全な気がしてくる。フランスには主婦という概念はない。職業としての主婦はない、単なる無職だ。

日本でも、コンビニやファミレスでは外国人の店員が目立つようになった。弁当工場や野菜カットの工場、クリーニング店などは、殆ど外国人従業員が担っていることを、前職の外国人支援を通じて知っていた。

住まいがある地域で常にある求人は、高齢者のヘルパー職や掃除婦などがある。が、なかなか、イイねこれ。と、就労する気にはなれない。これまでのキャリアとのギャップもあるし、やりたい仕事ではないから。 

しかし、やはり、外国人だし、田舎で職はないし、ある程度は妥協して、やりたくない仕事であっても、お金のために少しは働こうかという考えがムクムクと湧いてきた。

フランスに帰国したら、やりたい仕事に就けるまでのつなぎとしてでも、腰掛けでも、何か仕事に就こうと決意した、金欠の夏休み。大学時代のアルバイト探しみたいな感覚が蘇る。

 

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テレビを見て日本的だなと思ったこと

一時帰国で1週間が経過した。これまで日本で生活していても、フルタイム遠距離通勤と育児などなどで分刻みのスケジュールに追われ、なかなか俯瞰で、日本はどんな社会か?なんて問いかける時間がなかった。今回の帰省では両親が住む実家で、はしゃぐ子供たちをなだめたり追いかけ回したりしながらも、のんびり過ごしている。両親、特に父親はほとんどテレビの前で時を過ごし、それはそれでもの哀しいものがあるが、久しぶりに日本的だなあと思う事象に出会うことになる。

豊田議員の暴言を何度もテロップ入りで流すニュース。松居一代の動画を真剣に取り上げるワイドショー。

私は精神保健関連の資格を持っていて、病院や施設で働いた経験があるので、特に松居一代のような人たちは意外とたくさんいることを知っている。精神疾患だから、と片付けてしまったり、病気を面白おかしく取り上げるのは避けるべきだと思う。しかしながら、日本は一般にこうした精神疾患の知識があまりにも浸透していないのだと再認識した。また、こころの病気かもしれないと言う声がネットの此処そこであがっているのに、それについて触れるメディアはない。

精神保健の専門家の方達は、彼女のようなケースを例に、より精神疾患の理解を深められるよう語るべきだと思う。彼ら彼女は、本当に困っていて、訴えが真実かどうかを判断するよりも助けが必要であること。精神疾患は、誰もがかかり得る病気であること。これまで問題なく社会で生活してきた、自分の配偶者や子供や親や友人が、徐々に、または突然、このようなトラブルに陥ることがある。では、周りにそのような人がいたらどうしたらよいかを伝えるべきだ。誰もが他人事ではないはずなのに、触れてはいけないこととしてタブー扱いしている、ように見える。

例えば、統合失調症は、1パーセントの人が罹患し、この割合は時代や地域性にあまり関係がないという話を聞いたことがある。発症しやすい年齢が性別によって違っていた記憶があるが、まさに誰にでもいつでも発症の可能性がある。

以前に、フランスに住む夫の祖母が統合失調症のヘルパーさんの訪問介護を受けていた。少し多弁な人だなという印象を受けたが、彼女が病気をコントロールしながら就労していることはみんな知っていた。病気だからといって、特別視はしない。彼女の特性として受け入れていた。

どの国でも必要な人に必要な助けが届きますように。

 

 

 

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一時帰国で一時保育

先週から一時帰国している。小4の娘は古巣の小学校へ体験入学と称して、1週間だけ受け入れが許された。けれど、1週間だけですよ。来年はありませんよ。と、念を押され、あまり大人の裏事情としてはウェルカムな雰囲気ではなかった。が、表面的には先生も子供達は、とても温かく迎え入れてくれた。学期末の漢字テストなんかもあり、日本語学習の意欲も刺激されたみたいだし、何よりの経験となった。

 

2歳の弟も、0歳児から通っていた保育園の園庭開放日へ。すっかり日本の保育園生活のことなど忘れてしまった息子は、ちょっと混乱した様子だったが、当時のお友達が寄ってきて、息子の名前を呼んでくれた。2歳や3歳そこそこの子ども達が、「フランス行ってきたの?」「引越しできたの?」とまるで大人のような口調で会話してくる。息子が退園してからも、お友達は毎日のように先生と息子の話をしてくれていたようで、毎朝今日のお休みは?と聞くと、みんなで息子の名前を言ってくれていたとか。

 

そのエピソードで、目頭が熱くなっていたところへ、2年間受け持ってくれた保育士さんがやってきた。すると、もじもじと私の背中に隠れていた息子が、スタスタと彼女に歩み寄り、ペタっと腕の中に抱かれに行った。そのまま、しばらく抱かれたまま、なんともいえない安心した表情をしていた。当然、先生も私も感涙。

保育士の先生がどんな役割だったか、どんな名前だったかは憶えてなくても、長い時間愛情を注いでくれた人として、息子は存在を忘れていなかったのだなぁと思うと、泣けてしかたなかった。

保育園に小さいうちから預けてかわいそうなことなんて全然ないのだなあと確信した。親以外のいろんな人から、手をかけ、育ててもらうことは、素晴らしいことなんだと胸を張ってお勧めしたい。そして、そんな風に育んでくれた保育士の先生方には感謝してもしきれない。そんなわけで日本滞在中は息子も日本の保育園体験入園と称して、何回か一時保育をお願いすることにした。

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フランスからの一時帰国にまつわるエトセトラ

この週末から日本に里帰りのため帰国している。我が家はフランスのオーベルニュ地方にあり、TGVが通る最寄りの駅サンテティエンヌまでは車で1時間半。そこからパリへ3時間。パリから空港へという手段を選んだ。よって空港までも約半日。のちに12時間のフライト。羽田から滞在先の実家まで1時間ちょっとなので、ドアツードアでほぼ24時間の大移動になる。2歳と9歳連れ。仕事を休めない夫は駅までの見送りタクシー要員。スーツケース2つとベビーカーに巨大リュックサック。9歳の娘はもはやアシスタント兼荷物持ち。彼女なしには乗り切れないだろう。

行きのTGVの中でランチをと思って大量のおにぎりを持参した。午前10時過ぎの電車に乗りこんだのも束の間、魔の2歳児はおにぎりを3つほどほおばり、揺れる車内をうろうろしはじめ、ちっともじっとしていない。仕方なく、最終兵器と思っていたiPadを取り出しビデオを見せ、ほぼ乗り切った。こういう時は、子供にはテレビは時間を決めて見せましょうなんて言ってられない。非常事態なのだから、周りに迷惑をかけず、親も子も穏やかに安らかに過ごせればそれでよし。

TGVの車窓からはフランスの田園風景が流れていく。時々、牛やら羊やらが見え、地平線や重たい空が広がっている。こうして見るとフランスってほとんどが田舎なんだなと思う。フランスはコミューンと呼ばれる地方自治体が3万以上あって、人口数十万人の都市も人口20人の村も同じように扱われる。なので、はっきりと割合はわからないが、小さな村や町に所属する人たちの割合はきっと少なくない。田舎暮らしはそんなに特別なことではないのかもしれない。

 

この車窓からの風景はどこを走ってもさほど変わりなく、まだ身軽な独り身だった15年前も同じような風景が見えていたことを思い出した。ある時は一人で。ある時は誰かと。パリを離れ、地方都市やヨーロッパのあちこちを列車で旅した。飛行機よりは時間がかかるけど、異国へ陸続きで行けることや、行先をその場で決めて細かくカスタマイズできるのが魅力的だった。自分で行先を決め、ひとり列車に揺られるときの誇らしさを思い出していた。それが今では修羅場の大移動。またいつか優雅に独り移動できる日が来るのだろうかしら。

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と、あの手この手で無事に搭乗までこぎつけ、くったりとした2歳児は割と早くに機内で眠りにつき、娘と私はハイタッチで喜びを分かち合い、それぞれ映画を観る体制に入ることになるのだが。

見逃した話題作のララランドを見始めるも、トイレ〜やら、喉乾いた〜やら、お腹痛い〜やら、2回ほどプチゲロも浴びたり、やはり修羅場が続き、ブツ切れに何とか意地でも見収めた。

 

そういえば、ララランドって、私の日本帰国のテーマソングであるオザケンの「流動体について」に謳われている、「平行する世界」のお話な訳だが、この映画が当たったのは何故だろう?そういえばさっきも身軽に旅する私に会ったな。そんなたわいも無いこと、誰かと話せたらな。なんて頭の中で独りごちる。

 

関係ないけれど、CDG-HNDの機内には夏休み前に日本の小学校に通うと思われる沢山の日仏キッズとそのママが乗り合わせていた。子供達やきっと日本で待つご両親の為に夏の修羅場の大移動をする母達は、私と同様、みんなだいたいスッピンで、あちこちでゲロする子供の背中をさする姿が見られた。同志のような共感をおぼえてしまった。

 

日本に着くとまとわりつく湿気、ピカピカ清潔なトイレ、丁寧な接客の販売員さん、子供をおんぶしてスーツケースを抱えているのに誰もドアを押さえていてくれない無関心な人達…と、すぐに日本らしい場面に迎えられることになった。

ただいま日本。今回は楽しませてもらうよ。

 

 

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