ここではないどこかから

ここどこ。フランス田舎町暮らしの中で想うこと、育児・食べること日常のこと、もっとほんわりした括りの雑感を綴りたい。

フランスの田舎で日本語教師を始めてみた

田舎に来て半年ほど経ったころ、何でもやれることはやってみようという精神で、日本語教師の勉強を始めていた。というのも、この田舎で暮らしはじめたときから、ときどき日本語を教えられるかという質問を受けていたからだ。

フランスにとって日本は憧れの国。伝統文化はもちろん、漫画やアニメ、ポップカルチャーも若者たちが日本に関心を持つきっかけになっている。フランス文化に憧れる日本と日本文化に憧れるフランス、文化的にこんなに相思相愛な国があるかしらとも思う。こんな田舎でも、日本好きな人たちがいると、まるで私が好かれてるみたいで有難いことだと感じる。日本人である私でさえ、フランスで知った日本の素晴らしい文化は数知れない。特に日本ではほとんど見る機会もなかった小津映画など、夫と一緒にDVDを集めたりしたものだ。

この田舎でも熱烈な日本ファンに数名出会った。しかも年齢層は小学生から大人まで。彼らにとって日本語を学ぶということは、なかなか手の届かない機会だ。この地に降り立ったたったひとりの日本人として、仕事になるかどうかは別として、せっかくだから日本語を教えられるようになったらいいんじゃないかと思うようになった。

日本語教師になるには、いくつかの方法があるのだが、日本語教師養成講座を420時間受講することで求人の応募要件を満たせることがある。(試験合格者しか採用しない教育機関もある)私は日本語を教えるメソッドを身につけたかったし、とくに正規の教育機関で働く予定もなかったので、この養成講座を受講することにした。WEBだけで受講できるので、海外にいても特段問題はないが、実際受講してみて、教師としてのスキルが身に着くかどうかは本人の努力と工夫によるところが大きいというのが率直な感想だ。420時間を満たすために、あまり必要なさそうな内容も網羅しているし、何より実践の機会がないので、この講座を受講してはじめてスタート地点に立つという感じだろう。実際この養成講座を受講し終わっても、私自身どう日本語を教えるのか想像さえ難しかった。ただ、お金を取って授業をする以上は、基礎くらいはとりあえず...というのがほんとうのところである。

ある日、図書館に行ったときに、司書の女性から声をかけられた。以前に研修会で通訳をやったときに私を見かけたそうなのであるが、日本語を習いたいということで、授業をしてくれないかと頼まれた。私が養成講座をちょうど終えたところだという話をすると、彼女は「こんな田舎で日本人の資格を持った人から教えてもらえるなんて!」と本当にうれしそうにしていた。それまで彼女は何十キロも離れた都市まで通って日本語が話せる学生に習っていたそうだ。

と、半ばなりゆきで彼女に個人授業をするようになったのだが、意外にも授業をすることに楽しさを感じている。まだ、ひらがなもままならない初心者の彼女に基本的には日本語だけで教える直説法をとっている。授業内容を事前に組み立てるときが一番楽しいのであるが、きっとそれは教えている相手が日本に強い関心を寄せてくれていて、日本語を学ぶことに強い意欲を持っているからなんだろう。

時間が合えばほかの生徒さんも取りたいと思い、町に「日本語おしえます」の貼り紙を貼ることにした。さて結果はいかに。楽しみである。

 

 

息子の喘息発作で感じた田舎暮らしの厳しさ

田舎暮らしというと、育児にはよい環境でうらやましいと言われることが多い。確かに都市部での生活しか知らなかった私も、育児にはのんびりしていていいんじゃないかと漠然と考えていた。確かにそういう面もあるけれど、利便性とか暮らしやすさを考えると、まだまだ都会慣れした思考の私には乗り越えられないこともある。そのうちの1つが医療の受けにくさだ。

先日、息子が喘息の発作を起こした。日本でも何度か入院をしたこともあり、フランスに入国した翌日も発作を起こしてリヨンの病院に駆け込んだこともあった。毎回さほど重症にはならないものの、風邪をひくと時々ひどく咳き込んでしまうことがある。地域にはかかりつけ医と呼ばれる医者が2人くらいいる程度だ。あとは歯医者と看護師、マッサージ療法士、助産師が地域で働く医療人材だ。眼科、耳鼻科、矯正歯科、婦人科そのほか大きな病院にかかるには何10キロも離れた隣町へ行く必要がある。そして、だいたいそういう専門医は予約を取れても半年後や1年後。先日、娘の歯の矯正のための初診で予約を取ったら、なんと1年半後だった。初診というと断れれることも珍しくない。しかも、地域のかかりつけ医はだいたいいつ行っても研修医が代診していて、なんとも頼りない。

今回もかかりつけ医に連れていくと、見た目も頼りない若い青年の研修医の日だった。「うーん、喘息かなぁ、どうかなぁ」と何度も首をかしげていて、「まあもっとひどくなったら救急診療にかかってください」と言う。「でも、ひどくなってから救急のある隣町まで行くと片道約1時間。移動中何かあったらどうしたらよいのでしょうか?」と聞くと、「もっともだ」という顔をして「もう今から行ったほうがいいですね。」という。そんな会話をしているうちに息子の症状がひどくなり、呼吸もままならなくなった。そこで、その診療所に救急車を呼んでもらい、隣町の病院へ呼吸の様子を見ながら連れて行ってもらえることになった。その日は幸い夫が家にいて救急車のあとを追いかけてきてくれた。自分ひとりで雪が残る街灯もない峠道を咳き込む息子を連れていくなんてことを想像しただけで、無力感を感じて悲しくなった。

救急車と行っても物理的な距離は縮められず、片道50分ほどかかってやっと病院に着いた。窓のない救急車でくねくね道を疾走したせいで、私も着いたころには顔面蒼白でげっそりしてしまった。息子は吸入処置をしてもらうとすぐに落ち着いたが、その日は様子見のため1泊入院となり、私も着の身着のままで付き添った。

実はフランスに来てから私もちゃんと医療を受けていない。定期健診もそのうちと放っておいて、まだ何も手続きをしていない。日本もそうだけれど、保険で受けられる健診なんてたかが知れていて、気軽に人間ドックが受けられる場所も近くにはない。日本のようにいろいろな科を総合的に検査してくれる場所が果たしてあるのだろうか…とリサーチも足りていない。いっそのこと帰国のたびに人間ドックにかかったほうがよいのかもとさえ思ってしまう。私も夫も何があってもおかしくない年齢だし、よくないとは思ってはいるものの...。

日本でも山間部などのへき地での医師不足は深刻な問題だと聞いたことがある。フランスもその点では同じで、若い医師を派遣する制度やNPOが介入している地域などがあるらしい。ただ、こうした場合にカバーされるのはプライマリケアという、風邪をひいた時、骨折した時のような対応で、長期的な治療や専門的な治療は難しく、私にとってはなんとも心もとなく感じてしまう。日本で恵まれすぎていた環境にいたせいで、多くを求めすぎなのだろうか。友人夫婦の息子は生まれつきの病気のせいで、定期的に受診する必要があるため、都市部に住まないとやっていけないと話していた。

とりあえず、今回の出来事で予防と早期発見のための家族の定期健診の課題と、息子の喘息の専門医探しをクリアしなくてはと思っている。

 

 

セクシズムを植えつけない子育てとは

ひな祭りや端午の節句が、我が家のフランス人夫にとっては、子どもを男女で分けて祝う点で、違和感ばりばりの古い伝統行事だということは前回の記事で書いたとおりだ。

 

tkchbn.hatenablog.com

 もちろん、そんなに目くじら立てなくてもいいじゃないかという気持ちもある。家族みんなが、目を細めて女の子らしくまたは男の子らしく成長する子どもの姿を見て喜ぶ。でも、我が家はせっかく国際結婚ファミリーなので、ただ手放しにお祝いしているだけでなくて、常に外からの視点を子どもたちに伝えていきたいと思い、そんな小難しい話を娘(10歳)にしながら、娘が希望した生クリームのケーキを作ってお祝いしたのだった。

そんな娘が突然こんなことを言ってきた「ママ知ってる?世界中で3日に1人がパートナーからの暴力で命を落としているんだよ」と。あなたその情報どこから?と聞くと、娘が購読している10~14歳の女子向けの雑誌だという。国際女性デーの特集記事の中で書かれていたことなのだが、ある国では夫の許可がないと就職できないとか、ほとんどの国では女性の方が男性より収入が低いんだよとか、女性が車の免許を取れない国もあるんだよ!と興奮しながら教えてくれた。10歳にして、まだまだこれから自分が女性として生きていくのに解決しなければならないことが山積みだと気がついたようだ。「だからね、女の子だから男の子だから、っていう決めごとはなるべくない方がいいんだよ。ひな祭りもこどもの日も、女の子だからとか男の子だからって括るのはおかしいと思うのはそういうことなんだよ」という話をし、娘も納得したようだった。

先日のぶみという絵本作家の「わたしおかあさんだから」の炎上事件があったけれど、私もあの歌詞には違和感と怒りを感じた部類の人間だ。けれど、何がいけないの?という人も多分同じくらいの割合でいる印象を受けている。「まあ、そんなに目くじら立てなくてもいいじゃない」という気持ちもわからなくもないが、そこは敢えて、どうしても、一線を引かせてくれ!という言葉にならない強い抵抗感があった。親世代の呪いに報いるように頑張ってきた子どもの私がNO!と言っていたような気がする。親の世代から受け取ったとてもネガティブなどろどろとしたものを時々自分の子どもにも与えていると思ってひどく落ち込むことがある。これぞ呪い。それでも、自分は違うとその一線をいちいち引いて進むしかない。夫も私も自分の子ども時代と比べてすごく恵まれている子ども達を誇りに育てていきたいし、そうすることで昇華されていくという感覚もある。だから前のやり方を踏襲してもしなくてもそう簡単に呪いはとけていかないけれど、その時々によい判断を下していくしかない。

その絵本作家で思い出したのだが、フランスにもこれもうNGじゃない?という絵本が結構ある。3歳の息子も大好きな『Roule Galette』(日本語にすると『ガレットころころ』『転がるガレット』『ガレットころりん』)という絵本がある。この絵本は1950年に出版されたらしい。おむすびころりんならぬ、ガレットがころころ転がっていく話なのだが、そのガレットが焼かれた老夫婦の家での夫婦の会話の描写がある。

じいさんが「ああ、ガレットが食べたいなあ」というと、おばあさんが「小麦粉があれば焼いてあげるんだけど、ないのよねぇ」という。するとじいさんが「天井裏に小麦が転がってるから、ほうきで掃いて集めてこいよ。臼でひいて小麦粉作ればいいだろ!」とふんぞり返って命令する。おばあさんは言われるがままに手間暇かけてガレットを焼いて、じいさんに差し出す。するとじいさんは、ありがとうの一言も言わないで「熱すぎてたべれるか!冷ましてこい!」と言ったりする。

これを夫が息子に読み聞かせるときは、おばあさんとおじいさんを逆転させたり、丁寧にお願いさせたり、絶対に原文通りに読まないようにいろいろと工夫している。ただ、この夫婦の様子は導入部分にすぎず、物語はその後に展開されるので、まああまり問題になっていないのかもしれない。

でも、フランス人が抵抗を感じないわけがないと思って検索してみたところ、やはり違和感を訴える記事が見つかった。小さいときからセクシズムを植えつける絵本10冊というタイトルの記事のトップがこの『Roule Galette』だった。

www.senscritique.com

でも、そんな視点で子どもたちの本棚の絵本を見だしたらセクシズムの芽はけっこう見つかる。その芽をいちいち目くじら立てて摘み取るのもなんだけど、今回の炎上でもわかったように絵本は万能じゃないし、読み聞かせるに価しない本もたくさんあるということを肝に銘じて、せめてうちの子どもたちが「何が悪いかわからない」なんて言う大人にならないように、面倒くさい大人に育ててやろうと思っている。

 

Roule Galette

Roule Galette

 

 

 

 

ひな祭りはもういいかな

先日、実家の母から「迷惑かと思ったけど、2、3日中にEMS便が届きます。もし壊れていたら捨てちゃってください。」というメッセージが届いた。普段から母は日本食材などを気をつかわないようにと思っているのか突然送ってくれるのだが、私としては高い送料を払って送ってくれるんだったら、「あれも入れてほしかったなぁ」「リクエスト聞いてくれよー」と思ってしまう。母は日本人的な、物を言わせず察するみたいなことを美徳としているし、私に「何が欲しい?」と聞くことさえ、私が気をつかうと思って遠慮し、よかれと思ったチョイスでいろいろな物を送ってくれる。

今回、母がよかれと思って送ってきたものは「ひな人形」だった。私が子どもの頃に家にあったもので、多分母方の祖父母が買ってくれたものだと思う。子ども心に、7段くらいある人形を飾ってもらって嬉しかった記憶はある。いろんな細かい小物や人形の表情を見てすごいなぁと感じたことも憶えている。そして日本に住んでいた頃、娘のために上の2人だけを引き取って、飾ってあげていたものだった。手狭なマンションに引っ越した時に、収納するスペースがないからとまた実家に送り返し、娘が7歳くらいからはずっと飾ることもなかった。

その上の2人がまた仲良く揃って送られてきた。今も決して大きな家に住んでいるわけではなく、金屏風や人形を乗せる台を含めると結構なスペースを取ってしまう二人の居場所はもはやなかった。娘は少し嬉しそうにしていたし、母の気持ちもわからないでもなかったので、娘の部屋に飾ってあげることにした。人形の前で写真を撮って、母に送り、それで役目が果たせたなあと感じた。その写真を見た母が「5月にはJくんの分を送ってあげるからね」と息子に五月人形を送りかねない様子だったので、すかさず「収納スペースがないから送らなくていいからね」と釘を刺しておいた。

その日から娘は夜になると自分の部屋に入りたがらなくなった。なかなかベッドに行こうとしない。理由を聞くとひな人形があると怖くて眠れないという。まあぬいぐるみのようなかわいさはないけど、怖がるものでもないじゃないかと説得するも、どうしてもいやだというので、3月3日を待たずして段ボールにしまうことになってしまった。

伝統は重い。生活スタイルや住居環境、ジェンダーに対する考え方や役割が変わっても居残ろうとする。伝統や古くからの文化は守って伝えていかなければいけないと教わってきたけれど、どうしたものかと思う。桃の節句ではおしとやかで気立ての良い女の子が育つように願い、端午の節句ではたくましく勇ましい男子の成長を願う。夫はセクシズムを刷り込むなという。立派な人形を飾ることは家のステイタスでもあっただろう。今でいうクリスマスツリーや外に飾るイルミネーションみたいなものだっただろうし、孫へと祖父母からお祝いとして贈られる見栄もプラスされたアイテムだったと思う。そんな伝統というか儀式とかはどの国の文化にもあるんだろうが、若い世代は上の世代の重い想いを上手くかわしみんながWin-Winとなる折衷案を創り出していくのがいいのではないかと思っている。

そういえば結婚式の時、義母がなぜ教会でやらないのか、招待客はどうするのかとひどく心配していた。入籍さえすればよかった私たちはパーティーをすべて義母に丸投げしたところ、義母は自分たちの友人よりも多くの知り合いを呼んでいろいろ頑張ってくれた。今思えば、あれは完全に義母のためのパーティーだったし、喜んでくれてよかったと思っている。

私が子どものとき、そして娘がもう少し小さかったとき、目をキラキラさせておひな様を眺めていたあの経験があるから、我が家のひな祭りはもういいかなと思った。

 

和製フレンチポップの歌姫がオザケンを歌う

★興味のない方はすみませんなマニアックかつ個人的な記録です。

クレモンティーヌというフランス人歌手をご存知だろうか。バカボンの歌のボサノバ調カバーで知ってる人もいるかもしれない。私が20数年以上前の学生の時に、主に映画などからフランスカルチャーに興味を持ってプレンチポップを聞きはじめようとレコード屋に行ったら、このクレモンティーヌのおしゃれなジャケットのCDがたくさん並んでいて、いくつか買って聴いていた。その後渡仏するまでずっとこの人はフランスの有名なポップスターなのだと思い込んでいたところ、実はフランスではほとんど無名の歌手ということが判明し、日本マーケット向けにいかにも!フレンチポップなCDを出している歌手なのだと知ってちょっと肩透かしをくらったような気になったのを覚えている。

でも彼女のアンニュイで囁くような耳に心地よい歌声はまったくの日本人好みで、多くの日本人がイメージする「パリジェンヌ」のおしゃれで、洗練された女性像にピンポイントにはまってくる。その多くの日本人が抱くフランス的パリ的な幻想の中で歌うクレモンティーヌは、なんとなく初音ミクのようなイマジネーションで作り上げられたキャラクターみたいな存在なのかもしれないと思う。個人的にはそのいかにもさが好きだ。

そして、先日、彼女が小沢健二の曲をカバーしているという情報が入ってきた。

 

 

小沢健二の詩は奥が深くて、それだけに魅力があるのだけれど、なかなかその良さを共有できる人はそうそう近くにはいないようなニッチな存在だ。(だからTwitterではそんな人たちでにぎわっている)ましてや、私のように国際結婚だと相方に彼の言葉の素晴らしさを伝えることは難しい。詩人であり作家である夫と文学や詩について語り合うにはそれぞれの母語で翻訳されたものががないと分かりあうことは難しかったりする。なので、小沢健二の詩が仏訳されたということは私にとっては大事件なのだ。この和製フレンチポップの歌姫がフランス語で歌う小沢健二ははたしてどんなもんか?という興味がふつふつと沸き、休みで暇を持て余している娘のヒアリング力を借りて一緒に聞き取り書き取りをして検証してみた。

いくつかカバーがあるうちの1曲「いちょう並木のセレナーデ」を。この歌は全体的に明るくて躁な感じの曲が多い「LIFE」に収録されているしっとりとしたバラードなのだけれど、私は「LIFE」を大恋愛の大絶頂期に聞いていて、この歌を聴いてこの幸せが長くは続かないという予告を突き付けられ、いつか訪れるであろうブルーの準備をしていた記憶がある。今となっては、この詩は別れた後に彼氏が書いた言葉なのか、それとも予言なのか、ひいては恋愛について書かれた詩なのか、そんなことも分からなくなるくらい、深読みするとグルグルと回ってしまう詩なのだ。それをいったいフランス語でどんな風に歌っているのか、私以外興味がある人なんている気がしないけれど。興味のある方は下からどうぞ。

で、「いちょう並木のセレナーデ」フランス語版のについて結論を言ってしまうと、まったくといってオリジナルの詩で歌われている深みはない。ぐるぐる回ったりもしない。はっきりと失恋について書かれた詩だった。未練たっぷりの彼女が過去の恋愛を思い出している感じ。ちょっと面白いと思ったのは、別れた彼女が語り手となっているところだろうか。She said i'm ready for the "blue" 彼女が「ブルーの準備ができてるの」と言ったところは、He said と彼が言ったことになっている。一番残念なのは、このオリジナルの副題でもある「Stardust Rendez-vous(星屑の中のランデヴ)」というとても貴重なキーワードが、せっかくランデヴというフランス語が入っているにもかかわらず、一度も出てこないことだった。

やはりカフェのBGMで流れているような聞き流されてしまうような、クレモンティーヌのカバー曲に思い入れをする私がおかしいのは分かっているのだけど、もう少し頑張って欲しかった。

この「いちょう並木」のほかにも「ブギーバック」やフリッパーズギターの「恋とマシンガン」も収録されている。メロディのアレンジは「いちょう並木」が一番フレンチポップ的だと思う。何度も聞いていたらジェーンバーキンが歌うゲンズブールみたいだと思った。

Si toujours j’étais sûre que mes larmes te retiennent ce soir

De souviens-tu de nous promenades autrefois ?

On ne s’arrêtait que le temps d’un baiser

On ne pouvait pas rester loin l’un de l’autre

Et ce soir je me retrouve seule avec mes souvenirs

Mais pour toi tous ces souvenirs sont du passé

Et pourtant j’avais si chaude contre toi

Et pour nous plus rien ne comptait que nous deux

 

Et dans tes bras le ciel s’est ouvert à moi

La vie était belle et plus rien ne pourrait nous séparer

Et ces bonheurs auraient pu durer et pourtant toi tu veux me quitter

He said,

Ah ah ah I’m ready for the blue

 

Et quand je vois un bateau quitter le quai et s’éloigner

Je pleure en pensant que notre amour est brisé

Un jour nous oubliera tous nos souvenirs

Nous saurons que le temps peut tout effacer

 

Et dans tes bras le ciel est ouvert à moi

La vie était belle et plus rien ne pourrait nous séparer

Et ces bonheurs auraient pu durer et pourtant toi tu veux me quitter

He said,

Ah ah ah I’m ready for the blue

オリジナルはこちら。


小沢健二-いちょう並木のセレナーデ(LIVE AT BUDOKAN)

 

 

海外在宅ワークを始めてみた

日本からこの田舎に来て一番生活が変わったのはこの私。一生縁がないと思っていた専業主婦というポジションに収まること早1年。日本に居た頃は、フルタイム勤務以外は念頭になかったし、子どもたちが生まれても自分のキャリアは守ってきた。そんなに立派なものでなくても、仕事を持っていることは安心材料だったし、ごく当然のことだと思ってきた。

最初のうちは、今までとても忙しくて自分の時間なんて持てなかったし、と長い休暇モードだったものの、常に頭の中には「これでよいのか?」というもう一人の自分。生活ができないわけじゃないけれど、収入も増やしたいし私が家にいるのは非生産的だしどこかもったいない。アクセサリー作りは趣味を兼ねて時々の副収入にはなるけれどちょっとメインにはできないだろう。

ということで、Better than nothing的気軽な感覚で在宅ワークを探し始めた。

参考にしたのはこのあたりのサイト。

こんなにある!海外在住の主婦がパソコン&スマホでできる在宅ワーク30+α【保存版】 | ハバグッデイ!

海外在住なら登録しないと損?翻訳・SOHO・在宅ワークがみつかる求人サイト18選

 

仕事内容はデータ入力とかリサーチとか、資料作成とか、翻訳とか、できることなら何でも。早速リンク先でも紹介されているような大きなクラウドソーシングのサイト2つに登録するも、ステップが多すぎで、しかも登録者も多すぎて返事もないところが多く、今のところ全く使えない。使いこなせないと言ったほうが正確かもしれない。クラウドソーシングサイトへの登録を勧める内容のブログはたくさん出てくるけれど、使いこなしている人の情報はいまいち入ってこない。これってほんの一握りの登録者にしか仕事行ってないんじゃないだろうか。

それから、これまで自分の仕事の中でもちょこちょことやっていた翻訳専門のクラウドソーシングサイトにも登録をしてみた。テストに合格すると少し単価の高い仕事も得られるというので、ほぼ丸一日かけてテストを受けたのだけれど、返されたのは「翻訳内容はOKだけれど、指定の形式に沿ってないから不合格、つきましてはもう一度トライしてください。」というものだった。完全に気持ちが萎えてしまい、ちょっとしばらく放置することにした。

そこで、昔登録したことのある在宅SOHO専門のサイトのことを思い出し、いくつかの求人に応募してみたところ、3件応募して3件ともにとんとん拍子で受注に成功。やはり当事者同士で話が進められる形式が早いしシンプルだった。もちろん悪徳業者やブラックな内容もあるんだろうから、自己責任の部分も大きいけれど。

ということで、日中子供たちが学校に行っている間は、しこしことPCに向かって作業をする時間が続いている。リサーチのような単純作業の仕事でも、知らない世界を垣間見たり、翻訳なんて素人でもお金がいただけるなら勉強だと思ってやってみようという気持ちになる。それで、ああ世の中と繋がっているなあと実感できたりする。専業主婦がこうした在宅ワークの外注でブラックに搾取される罠もわからないではないなとか思ってしまう。しばらくは、自分のスキルアップと知見を広げることを目的に続けてみようと思っている。

 

 

 

 

合理主義のフランス保育園

育児関連の話題が続いているのだけれど、子供がいない時こそ子供の話が書きたくなるもの。さて、我が家は娘は日本育ちで日本の保育園に0歳から小学校入学まで通った。その時の想い出は、本当に仕事と家事と保育園が全てだった。その位「保育園」が生活の一部を占めていた。というのも、毎日の膨大な量の洗濯、おむつや着替えなど沢山の持ち物の準備、連絡帳の記入、送迎のやり繰り。『保育園に通わせること』がまさに私たち家族の最優先事項であり、それに合わせて仕事の時間をやり繰りしていたような気がする。その位、保育園に通わせることの親の負担が大きいということだ。

そしてフランスに来てから息子が現地の保育園に通うことになった。前回の記事にも書いたように、私は未だ無職で家で育てることももちろん可能だったのだが、イヤイヤ期で後追いが激しい息子と二人きりでいることは双方に不健全だと思い、週に数日はお願いしていた。

フランスの保育園で一番びっくりしたことは、なんといっても「持ち物ゼロ」である。といっても着替え一式は常にカバンの中に入れておいたけれど、ほとんど着替えてきたことがない。お昼寝にいちいちパジャマに着替えない。おむつは園の紙おむつを使用、エプロンも園のタオル製の物、夏の暑い時にはサンダルと帽子を持ってきてくださいと言われたこともあったけれど、忘れた時は園の物を貸してくれた。お昼寝のお布団やシーツ類も保育園の管理だった。ちなみに保育園には清掃担当の人材がいて、保育士が園を掃除することはない。

日本で毎日おむつや汚れ物ビニール袋にに名前をマジックで書いたり、エプロンや着替えを毎日の洗濯で必死に揃えていた日々は何だったのかと思う。当時は当たり前だと思ってやっていたけれど、こんなやり方は誰も得をしていないじゃないか。

息子の園は行事はなかったが、月に1回希望者だけ親も参加できる読み聞かせの時間があったり、不定期にアートのワークショップが開かれる程度だった。

連絡帳は一応あったけれど、普通のノートに保育士さんがメモ書き程度に食事や昼寝のことを2-3行書いてあったのみ。親からは必要な時だけ記入する。

お誕生日会は自分でケーキを持参して、ランチタイムやおやつの時間にお祝いしてもらう。日本の保育園の時のように手作りバースデーカードとかはなかった。

給食は、業者が毎日運んでくるようで園内にキッチンはない。おやつは市販の物やパンにジャムを塗った物など簡単なものだけれど、うちの園はオーガニック食品に統一していた。

と、何を於いてもミニマムかつ合理的なのだ。膨大な持ち物の管理で負担が大きいのは保育士だって同じなのだから、誰もが使える備品の衛星管理を徹底すれば良いし、清掃や洗濯の専門人材を用意すればよい。

日本の保育園に心からお勧めしたいのは、保育以外の業務をがっつり削減することだ。「親にとっても保育士にとっても負担をかけないこと」をそろそろ考えていくべきだ。育児は手間暇をかけること=愛情をかけることではない。双方の負担を減らせばこそ、子供と接する時間も余裕も増えるのだから。

日本では、保育園に子供を預けること」は一昔前からかわいそうなことと思われてきたし、本来育児は家庭でするものであって、それがどうしてもできない家庭のために保育園がある。そんな非情なことをする親を罰するように、せめて手作りのシーツを作らせ、せめて行事には出るように促され、せめて遠足の時には手作りの弁当を作るように、そんな暗示にかけられていたように思う。同時に、保育士の先生も手間暇をかけて手作りのバースデーカードを作ってくれたり、行事には親たちを喜ばせるために沢山の工夫をしてくれたり、連絡ノートには綺麗な字でぎっしりとその日の様子を書いてくれたり、手間暇の愛情を注いでいることを示してくれていたし、それが当然のように感じていた。

いまの日本で保育園と保育士の数を増やすことが最優先事項なのだとしたら、鍵は絶対に「合理化」だ。疲れ切った身体と心でおむつにマジックで名前を殴り書いていた日々がいつか成仏しますように。日本の保育園事情がよい選択をしていくことを切に願う。