ここではないどこかから

フランスの田舎町での暮らしの中で想うこと、育児など日常の暮らしのこと、もっとほんわりした括りで書きたいことなどを綴りたい。

森の中の出版社のこと

私達の住まいはフランスの臍オーベルニュ地方にあり、更には標高1200メートル山間の村にある。人口は2800人程らしい。この山奥の村はフランスでは珍しいプロテスタントの信者が多く、その昔迫害にあった人達が隠れ暮らしていた場所らしい。そして、そんな隠れるのにもってこいな辺鄙な場所にあるため、ホロコーストの時には多くのユダヤ人の子供達が疎開していて、村人達は寛大にもこの子供達をかくまい続けたという。他にもカミュが肺結核の転地療養を行った場所でもあるらしい。しかし、この村の名前はほとんど知られていない。

そんな辺鄙な場所のとある森の中に小さな印刷所兼出版社がある。扱う書籍は純文学や詩など、無名の作家ばかりを起用し、印刷も昔ながらの活印刷で自社製本している。amazonや大手書籍店などで書籍を流通させず、フランス全土やベルギーなど提携する本屋に直接営業担当者が自ら運転する車で売り歩く。そんな時代に逆行するスタイルを貫き、創業者は見事に40年近くこの出版社を営み事業を成功させてきた。そして、文学や詩を愛する人々にはある程度知名度の高い出版社になった。

田舎だから出来ないなんてことは何もないのだと、創業者には心底、尊敬の念を抱かずにはいられない。

そして、この創業者は昨年末を以って引退を決めた。後継者として白羽の矢が立ったのが、なんと夫だったのである。正確には夫ともう1名の共同経営になるのだが、夫にも、もちろん私達家族にも青天の霹靂だった。が、このまたとないチャンスを夫は有難く引き受け、私達家族も同意した。

これまで夫は、この出版社から無名の作家として数冊本を出している。この出版社から本を出す作家は他に本業がある人達ばかりだが、夫もずっと仕事の傍ら書き続けている。

今日、この森の中の小さな出版社についての記事が夫の写真と共にフィガロに掲載された。夫が出勤した後、子供達と町の本屋に早速フィガロを買い求めに行ったら、もう売り切れだという。「夫の記事が載ってたのに〜」と残念がると、店の奥から店主のおばちゃんが顔を出して、「今朝旦那さんが買って行ったわよ!しかも2つも!」と言われ、ちょっと恥ずかしかった。

 

 

にほんブログ村 家族ブログ 国際結婚夫婦(ヨーロッパ人)へ
にほんブログ村

蚤の市と消費欲

 

日本にいた頃の日曜日の過ごし方は外食やショッピングに娘の習い事などだった。夫が土曜日が勤務日だったため、日曜日が唯一家族で過ごせる週末だった。一週間よく働いたことと引き換えに、ショッピングモールで買い物をしたり家族で外食をしたり。

『フランス人は10着しか服を持たない』なんて嘘で、夫のクローゼットにはユニクロやらGAPやら、どこの街にもあるファーストファッションで買った似たような服がギッシリ詰まっていた。

仕事帰りにはコンビニでじゃがりことエビスビールを買って帰り、ブックオフでお宝CDを探し出すのも数少ない楽しみだったらしい。

と、すっかり日本で少額の消費癖がついた夫も(私も)フランスに来てからは、住まいが田舎ということもあり食品以外の買い物はほとんどしていない。コンビニもないから、余計なものは買わなくなった。夜間も日曜日も店が閉まるフランスでは、日曜日のショッピングも叶わない。

かといって、娯楽も少ない田舎では、日曜日にさて何しよう?となる日もある。そこで、私達が通い始めたのが、春から各地で開かれる蚤の市だ。日本でもよくあるフリマに近いイメージで各家庭から出る不用品のセールに、時々プロの骨董品屋や古本屋などが混ざっている。知らない街を散策できて、田舎の規模は大きくなかなか見応えがあり、まだ家財道具が揃いきらない我が家にはもってこいだし、なんといっても消費したい欲を満たしてくれる。

f:id:tkchbn:20170814153336j:plain

 

子供のおもちゃや服、本などは、ほとんど蚤の市で揃い、新品を買う必要がなくなった。昨日はわが町で蚤の市があり、娘はひと昔前に流行ったゴムを編んでブレスレットを作るキットや、電池を入れれば動くと言われた腕時計をしめて1ユーロで買い。息子にはおもちゃを、私はベッドサイドに置くランプを、夫はCDや本をそれぞれ獲得し、消費欲を満たした。

消費したい欲ってなんなのだろう。日本では安い物や安い外食のお店がそこかしこにあり、ATMもたくさんあり、知らないうちにお金が消えていくシステムの中に生きていたと改めて感じる。フランス人は倹約家だというけれど、そうならざるを得ない環境にいるだけだ。日本の消費欲を駆り立てられる社会では、ケチと言われるフランス人だって夫のようにしっかり消費癖を植え付けられてしまう。コンビニやショッピングモールは、恋しくもあるが、私達には抜け出せてよかったシステムかもしれない。

 

 

にほんブログ村 家族ブログ 国際結婚夫婦(ヨーロッパ人)へ
にほんブログ村

ひとり映画

さすがフランス、田舎町でも映画館はあちこちにあり、我が町の映画館は我が家のすぐ裏にある。毎夜2本ずつ上映しているのだが、田舎だからといって大衆映画ばかりを流すのではなく、日本なら銀座のミニシアター行きのちょっとマニアックな映画や、子供向け、ハリウッドものと、網羅しているのが素晴らしい。

今日は久しぶりに夫に子供達を任せて、上映時間の5分前に家を飛び出し、映画館へ。この映画館はダンディなおじさん二人と、おじさんに比べればちょい若めの映画青年が働いている。一度その若者にナンパされた経緯があって、暫く行きづらくなっていたのだが、小さな町なのですぐに彼の失態は皆んなの知るところとなり、彼も私が人妻の子持ちマダムだと知るところとなり、反省していたと人伝いに聞いたので、もう行ってもいいかという運びになった。無論、もぎりを担当していた彼は気まずそうにしていたが。

今夜はホン•ソンスーの「その後(The day after)」を観た。10年以上前、夫と初めて行った映画がこの監督の映画で、それ以来観た記憶がない。かなり直接的な性描写があって、初めての映画にしては気まずくなったのを思い出した。夫もそれは覚えていた。ほろ苦い思い出。

今回の映画は、観ながらいろんな自分の経験と重ねてしまうようなリアルさが面白く、スッキリとした気分で映画館を出た。映画館の裏の広場では、ギャンゲットと呼ばれるダンスパーティーが行われていて、夜中近い今も生バンドの演奏が鳴り止まない。

フランス歌謡曲流れる中、坂道を登り家路につくと、夜空には満点の星。まるで宇宙の中に家家が浮んでいるみたいな感覚。また、「ここはどこだ?」の感覚に陥る。

帰ると夫が、今日は流星群が見えるから、1分おきに流れ星が見えるよ。という。流れ星なんか見えなかったぞと、思いながら、窓を開けて目を凝らすが、乱視の私には全部の星が消えたり浮かんだり、どれが流れ星なのかわからなかった。目に見えないものを信じることが必要だと、そんな台詞があったっけ。

 

 

にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
にほんブログ村

寒い...ここがどこかなんて忘れてしまおう

寒い。最高の夏を満喫していたのに、やはりここの夏は短命だった…。また暑くなる日も来るのだろうが、週の初めは30度くらいあったのに、今日は最高気温が15度しかない。

f:id:tkchbn:20170811050612p:plain

 

こちらに来てから時々「ここはどこなんだ?」という感覚があって、そんな不思議な想いをブログに綴りたかったのだが、一番そんな想いにさせるのはやはり天気だ。

 

その昔、はじめてパリで働き、独り暮らし始めたとき、言葉もろくにできなかった私は、オフィスの窓から空ばかり見上げていた。唯一テレビニュースで理解できたのは天気予報だったし、同僚との会話も「今日は雨だね。」とかそんなのしかできなかった。「あなたは天気のエキスパートね」と皮肉ぽく言われたのを覚えている。駐在員の言葉もろくに話せない若い女の子なんて何もしないでお給料をたくさん貰っていると妬まれていたし、実際そうだったから。

秋から冬にかけ、天気はほとんどが曇り、日照時間は短くなり、寒くなり、知り合いも少なかった私は精神状態もなかなか厳しい状態になっていた。地下鉄でも同僚とのランチでも家にいてもショッピングをしていても、ずっと身体がカチカチに緊張していた。やがて春が来て、初夏が来て、日も長くなり、輝くような夏が来たとき、言葉が少しできるようになった私はやっと縮こまった手脚を伸ばせるようになった。

ここは、パリ以上に冬は厳しいが、大自然に囲まれているせいか、そこまで精神的に追い込まれる感じではなかった。山や空は冬の間も美しかった。家族がいることも大きいだろう。

私にとって、または多くのフランス人にとって、夏を満喫することはやがて来たる冬を迎えるためのエナジーチャージ期間なのだ。このままじゃまだまだチャージ不足だ。

もちろんパリだって寒い夏もあれば、8月の中旬にはもう秋の気配を感じて虚しくなったりするのだけれど。

とにかく、「ここではないどこか」にいるのだから、日本の夏はとかパリの夏はとか、比べていても始まらない。

ここがどこかなんて忘れてしまおう。どんな天気の中でも生活していくしかない。でも天気予報を先々まで追うのはやめられそうにない。

 

 

にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
にほんブログ村

クックパッドのレシピを信じてはいけない

夏休み中は1日3食の飯炊き母さんをしている。といってもフランスの朝食は火は使わないので2食のみ。

昨日、知り合いの赤ちゃんを1日保育園代わりに預かり、その御礼にと自家産卵と自家製鴨のパテを頂いた。田舎なので飼っている鶏や鴨やウサギを絞めて加工して頂くのは、割とよくあることで、スーパーで食べ物を調達して生きてきた私とは、食に対する考え方もきっと違うのだろうと、とても興味深い。せっかくの田舎暮らし、いつか庭のある家に住めたら野菜や卵の自給自足もやってみたい。田舎の食べ物は本当に豊かで、夏は特にサラミを切っただけ、とかサラダだけ、とかメロン切っただけ、シンプルな料理でも大満足してしまう。

今日のランチは卵を使ってスペイン風オムレツとパテとパンで行こうと思い、念のためオムレツのレシピを探してみた。時間もなくて、最初にヒットしたレシピでちゃちゃっと作り始めると、塩大さじ1杯とある。なんか多くないかと思いつつ、レシピ通りに作ったら、食べられないほど塩辛くなってしまった。子供達も一切れでギブアップ…。折角頂いた新鮮な美味しい卵を無駄にしてしまった憤りと罪悪感。そういえばクックパッドで失敗したのは、今回が初めてではなかった。素人のレシピなのだから、それを鵜呑みにした私の自己責任ではあるけれど、なんか一言言わないと気がすまない気持ちになってきた。娘も、ママのせいじゃないから、私がコメント書くよ!と落ち込んでいる私に声をかけてくれたが、いざそのページに行くと、アカウントを持っていないとコメントできないという。せめて、イイねボタンとかレビューとかできないものだろうか。中には料理とは呼べない物も乱立しているし、検索が大変になるばかりでサイト自体の質が下がると思うのだが。

 

これからは、クックパッドは参考程度に鵜呑みにしない。いや、なるべく見ない。その代わりなるべくプロのレシピを検索する、という今日の失敗からの教訓。

にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
にほんブログ村

カロリーヌの夏休み的な

フランスの夏はとびきりにいい季節だと思う。日が長く、最近の日没は21時近く。湿気がなく、日陰に入れば爽やかな風が吹き、ラベンダーがその辺に香りを漂わせ、アプリコットや桃やらが最高に美味しく、公園の白い砂が目に眩しく、そこでペタンクなんかやっていて、カフェのテラスには人が溢れ、石垣からはトカゲがチョロチョロと顔を出して。そして夜風の匂いが何とも官能的。嗅ぐ度に脳内幸せ成分が分泌される。

この夏を生きたくて、日本から早めに帰ってきた。住まいのある田舎は、標高が高く、避暑地としてセカンドハウスで夏を過ごす人で街が賑わう。地元の人たちにとっては、繁忙期なのでパリのようにお店が閉まっていることもなく、むしろ普段よりシャッターが開いている。

日本から戻ってきて以来、気温が高く天気が良い日は子供達を連れて湖で過ごしている。車で15分程のところにある湖へ、人がすく夕方頃に着いたら、持ってきたオヤツを食べさせたりしながら、泳いだり、湖畔にある遊具で遊んだり。その湖の近くに職場がある夫が仕事が終わりに合流したり、時には夕食を持って行ったり。フランスの夏は本当に豊かで、心を満たしてくれる。穏やかな湖面に沈む夕日や、日本では週末もろくに一緒に過ごせなかった父子がブランコなんかしているところを見たら、ここに辿り着いて心底良かったと思う。

f:id:tkchbn:20170806065525j:plain

 

仕事なんてしていられないのだ。バカンスをこの季節に楽しまなければ、地獄に堕ちる、くらいの感覚で、フランスの人は皆んな必死に夏を過ごすのだろう。

フランスの夏休みはぜひカロリーヌの絵本を参照されたい。

 

にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
にほんブログ村

 

カロリーヌ うみへ いく (カロリーヌとゆかいな8ひき)

カロリーヌ うみへ いく (カロリーヌとゆかいな8ひき)

 

 

田舎暮らし=車社会

田舎の暮らしには車が欠かせない。私は運転は普通にできるほうだが、都市生活の運転範囲などたかが知れている。

こちらに来てから、夫が私も運転できるようにと、入手してくれたプジョーオートマ車が私の足になっている。赤いので家族で、マグロ、と呼んでいる。(ちなみに夫の車は黄緑のビートルなのでワサビ)

この田舎町は、スーパーや町医者など必要最低限のものは手に入りはするが、それ以外は大きな町へ出ていく必要がある。そして標高が高い場所なので、何処へ行くにも峠を越えないといけない。最初は、10分程度離れた隣町から攻略し、徐々に足を延ばして、県庁までの手続きなど60〜70kmくらいは一人で何とか運転できるようになった。

田舎の運転の過酷なところは、峠越えのような細くカーブの多い道を時速90キロくらいで走り抜けなくてはいけないことだ。街中でなければ信号は見たことがない。直線道路ならゆっくり走っても追い越してくれるが、カーブが続くと後方車も追い越しできずに、後ろに車が詰まってくる。こっちは70キロ位でマリオカート並みにハンドルをさばいてるつもりが、後ろに車がくっついてくると、ストレスもマックスである。

今日は、鉄道が走る都市まで、週末スイスへ孫と小旅行に行く義母に娘を引き渡すため、1時間半ほど運転をした。カーブが続く中、後部座席で眠る息子はチャイルドシートごとあちこちに傾き、必須アイテムである外付けナビも滑り落ち、助手席で娘に持ってもらう始末。必死すぎて、ドライブ用に選んだCDの音楽も邪魔になるほど。

無事、娘を義母に引き渡し、帰りのドライブでは、曲がり道を間違えて、牛やロバが放牧された細い山道をまたくねくねと進む羽目となった。やっとナビ様のお陰で見覚えのある道路に戻ったとき、雨が降り始めた。下り坂のカーブが続く道を細心の注意を払って運転していたが、後方車が迫ってくる苦手なシチュエーションになった。なので、なるべく無駄なブレーキを踏まないよう、スピードもいつもより出ていたかもしれない。大きめのカーブに差し掛かったとき、ハンドルを切った途端にスリップし、反対車線へ滑り出た。すぐ何とか持ち直したが、気を落ち着かせるため、マグロを路肩みたいなとこに一時停止した。振り返ると息子がママ大丈夫ー?と不安げに呟いた。対向車線に車がいなかったのが幸いだった。

乾いた道路に雨が降り始めたらスリップする現象があると夫が言っていたのを思い出した。

(ハイドロプレーニング現象というらしい。)

今日のヒヤリハットは教訓でトラウマにしてはいけない。田舎に住んだからには、運転できない〜なんて言ってられない。この先、子供達の送迎に少なくとも15年以上、その後も下手したら40年近く運転しつづけるかもしれないのだから。

やってできないことなんてあんまりないはず。

 

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 田舎暮らしへ
にほんブログ村